価格と価値

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ある商品やサービスの価格は価値と見合っていないことも多いような気がします。

お金をもらうのは、それはその分の価値を与えているからという理論がありますが、その価格は明確に決められるものではありません。

例えば、お母さんのような家事や料理をしている方のほとんどはお金をもらわず働いています。これは価値を提供しているのにも関わらずお金という報酬はもらえていません。(他のことで家族から対価を得ていることもありますが)

また、投資でも株価が上がって自分の資産が増えても何か価値を与えているわけではありません。勝手にお金が増えているだけです。

このようにお金がもらえるか、またどれだけもらえるかというのは単純に価値を計る指標にはなりません。

ただ単にお金がもらえるところにいるから、お金がもらえるのだろうと思います。

同じ仕事をしていても、異なる報酬をもらっているのも良い例です。

今後グローバルで見ると、男女や年齢や国籍などで差別がないような世界になってきます。しかし、お金という指標は全世界共通であるためそれらを基に人の価値を算出する可能性もあります。しかしお金は価値と完全にイコールではないため少しおかしなことになりそうです。

一生懸命仕事すること、他社や社会に貢献すること、好きなことをすることはどれも尊いのですが、もしお金がほしいのならばお金があるところに行かなければいけません。

 

仕事の価値も考えたのですが、世の中のほとんどの仕事は元来価値がなかったり意味がいないと思います。

基本的には衣食住がそろっていれば動物としては幸せなはずで、プラスαを求めるからこそ、新たに何かを作り出さなければいけなくなってきます。

パソコンだって昔は、生きていくために必要ありませんでした。しかし、現代ではスマホやPCがなければ生きていけないほど重要なものになっております。

このように、生きていく以上に新たなものを経験したり消費したりするため、それらが作られていき、またそれらを作るためのものも作らなくてはならないのでどんどんいらないものが増えていると感じます。

ここでは生きていくことを価値基準に置きましたが、それぞれ歌を歌いたい、良い思いをしたいなど人々の価値観は様々です。ですが、それらも生きていかなくてはできないため、根源は健康に生きることが価値基準になります。

お金の価値や仕事の価値観は難しいですね。

僕は生存以上の楽しみや良い思いをするために稼ぎます。